木に、もう一つの時間を。
はじまり
2021年、私は白馬や新潟のスキー場のシーズン券を握りしめて、毎週のように雪山に通っていました。
ただ滑ることが、好きでした。
その頃、海外のスキー場が次々と閉鎖していくというニュースを目にしました。
雪が、足りなくなっていた。
「自分にできることを、始めなければ」
そう思ったのが、2022年のことでした。
調べていくうちに、ひとつの事実に行き着きます。
日本の国土の3〜4割は人工林で、そのほとんどが戦後に植えられた、樹齢40年を超える杉や檜だということです。
これらの木々は、20〜30年で成長が止まります。
成長が止まれば、それ以上CO2を固定することはできません。
そして40年を超えると、放出する花粉の量は、20年生の木の数倍から数十倍にもなるといいます。
国民病である花粉症の原因にもなっていました。
植え替えなければならない。
そう、強く思いました。
そして、2024年4月に独立しました。
木と育った
思えば、木とは物心がつく前からの付き合いでした。
井原園という造園業の家系に生まれ、父に連れられて様々な山林や湖、そして雪山に触れてきました。
山で遊び、川で遊び、気づけば木と暮らしていました。
私は庭師の修行をしたわけでも、井原園を正式に継いだわけでもありません。
それでも、四代にわたって積み重ねられてきた木の扱い方、道具への向き合い方、ものづくりの流儀は、知らないうちに私の中に根を張っていました。
手仕事
鉋で削ったヒノキに生まれる、濡れたような艶。
この一枚にたどり着くまでが、いちばん苦しい時間でした。
鉋は、日本の大工道具の中でも、もっとも繊細で扱いが難しいといわれています。
0.1ミリに満たない狂いが、まな板を真っ平らにすることを許しません。
しかも、鉋の仕立ては一度では終わりません。
台は木でできていて、生きています。
使うたびに、また狂いが生まれます。
だから、何度でも仕立て直さなければなりません。
近所に住む建設学校の校長先生に、一度だけ仕立てていただき、そのやり方を教わりました。
そこから先は、自分との戦い。
朝が来るまで台を仕立て直し、布団に入れば、調整に失敗する夢を見る。
そんな日々が、どれだけ続いたか分かりません。
ようやく、自分の手で台を仕立てられるようになった時――
私のまな板づくりの、本番が始まりました。
丹精込めて研いだ刃と、仕立て直した鉋。
そこから生まれる艶、撥水性、そして使いやすさ。
その上にコーティングを重ねた時、想像をさらに超える仕上がりに、声が出ました。
「これ、いいな。」
SINKという名前
ブランド名は、SINK。
由来は台所のシンクでも、沈むのSINKでもありません。
炭素を留める場所、カーボンシンクから取った名前です。
伐られた木を、すぐに燃やしてしまえば、固定されていたCO2はまた空気中に還ってしまいます。
だから、永く使われる木製品をつくることにしました。
それこそが、炭素を留め続ける、いちばん確かな方法だと思ったからです。
会社の名は、Timber SINK。
木の、炭素の貯蔵庫。
その考えから、すべては始まっています。
なぜ、まな板か
数ある木製品の中で、まな板を選んだのには理由があります。
日本の木製まな板には、黒ずみ、カビ、割れ、反りといったイメージがついて回ります。
永く使い続けるのは難しい。そう、思われてきました。
だからこそ、永く美しく使えるまな板に変えることに、意味があると考えました。
それに、私はよく料理をします。
台所で毎日手に取る道具を、ただの消耗品では終わらせたくなかった。
手に取るたびに、気分が上がるような一枚に。
古くなった人工林は、いつか伐らなければなりません。
伐った木を燃やすのではなく、永く使われる一枚に変える。
一枚のまな板が、台所に立ち続ける間、木は炭素を留め続けます。
ものづくりへのこだわりが、そのまま、未来への選択になる。
誰のために
SINKが証明したいのは、木の可能性そのものです。
文明が進むにつれて、木は樹脂や石油由来の素材に置き換えられてきました。
それでも、木にしかできないことがある。
和包丁には、木のまな板がいちばん合います。
特に、ヒノキのような日本の針葉樹がもつ柔らかさと弾力は、世界でまだ知られていません。
ヒノキを選んだのは、ここまでの背景すべてが、その理由になっています。
木の良さを知っていて、同時に木の弱さも知っている人へ。
そして、木の良さをまだ知らない人へ。
SINKは、その両方に届けたいと思っています。
これから
木を伐ったら、また植えたい。
それが、私のいちばんの願いです。
成長を終えた杉やヒノキの多くが、いまも山に残っています。
花粉症が、いつまでも消えないように。
本来なら、伐って、植え替えていくべき木々。
けれど、その手入れが追いつかない山が、少しずつ増えています。
林業が衰え、国産の木が使われなくなったからです。
使われない木に、人もお金も、巡ってきません。
だから、まな板をつくっています。
一枚のまな板が、森の出口になる。
その収益で、伐って、植えて、また育てたい。
まな板で、日本の森を再生する。
それが、私がこの会社を興した、本当の理由です。